【労働は義務なのか】実は働きたくないと思う人は働かなくて良い?

実は働きたくないと思う人は働かなくて良い?

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働くに関するおすすめ本

人は働かなければいけない。働かざるもの食うべからず。

いつからこうなったのでしょう?現代的な労働観念について私は長らく疑問を持っていました。結論から言うと私は働きたくないと思う人は働かなくて良いと思っています。順序立てて説明します。

労働は義務とされるが罰則はない

労働は義務とされるが罰則はない

日本国憲法では労働は義務とされています。日本国民は働きましょうと上から言われているわけです。しかしあくまで倫理的に「働いたほうが良いよね」と言っているだけです。働かない人に罰があるわけではなく、強制労働もありません。働く時間も特に決まっていないですよね。

つまりなるべくみんな働いたほうが良いよね(でも働く働かないの自由は一応あるよ)というのが日本です。働かないで良いのなら働きたくない。こういう人はけっこう多いと思います。働かないという選択肢の有用性は過去に説明しました。

働くスタイルから脱却して得たものとは?

ではなぜこれほどまでに一生懸命働くのが美徳とされ、人は働き続けるのか、ここを掘り下げようと思います。

働かなくて良い理由

大前提として私はあまり働かなくても良いんじゃないかと思っています。そしてもっとみんなが働かない社会に今後なるのでは?と想像しています。

その理由の大きなひとつとしては、世の中には「ブルシット・ジョブ」が多すぎるからです。「ブルシット・ジョブ」というのはアメリカの文化人類学者デヴィット・グレーバーが提唱した呼び名で、世の中にある無駄な仕事のことです。

より深く理解するには

周りを見渡してみてください。自分には必要のないもの、無駄なものであふれていませんか?

仕事は我慢ではない!自分の得意を活かす働き方とは

TVのCMや広告では欲しくもないものを何度も見せられて、あたかも生活に必要であるかのように錯覚させてきます。そして衝動的に買っては捨てを繰り返す社会。そしてそういったものを次々と生み出しては人を煽って売りつける人々。そしてそういう無駄なものを更に管理したりまとめたり仲介して稼ぐ人々。

私にはこれらすべてが無駄であると思っています。無駄の永遠のループを生み出して時折それらを「文化」と名付け、人類にさも重要なことのように扱う人達に辟易しています。

これらすべてがなくなったらすっきりすると思うのは私だけでしょうか。すべてなくなったら退屈な社会になる?いえいえ。仕事ではないところ、お金稼ぎとは関係のないところで楽しみを人は生み出せばいいんです。

同じような考え方の人が増えれば世の中にある無駄な仕事はごっそり減るでしょう。雇用も減るので働く人は減るはずです。じゃあそういう人達の生活はどうなるのかって?実はそれでも問題なく社会は回ると思っています。

仕事の生産性と社会貢献

無駄な仕事が減って働き口が減ったとします。優秀な人だけが効率よく成果を出し社会を回すようになります。一方それほど能力のない人達は無理に働く必要がありません。なぜなら無理に働くとそれは無駄の創出に繋がるからです。

こういう無駄の創出をなくせば国の予算はスリムながらもより透明化されると思います。そして無駄な働きを抑えて欲しい人にはベーシックインカムを与えて好きなことに集中してもらうのが良いです。働きたくて能力のある人には働いてもらい、働きたくなくて能力のない人には好きにしてもらう。こういう社会のほうが良くないでしょうか?

おすすめの本

少ない働き口を競ってしまうと労働環境は劣悪になります。劣悪になればなるほど長時間労働になり、健康管理やメンタルケアにもお金がかかります。そしてストレス解消のための娯楽もより多く必要になります。何だか良くない方向に肥大していると感じるのは私だけでしょうか?もっと引き算で社会は成り立たないのでしょうか。

もし労働の義務が「社会に貢献すること」を理由にあるのであれば、私は働かない人も「数少ない働き口に参加しない」という社会貢献をしていることになると思っています。

労働の目的

労働の目的

ここで労働の目的についてあらためて考えてみようと思います。働く目的は大きく分けて2つあると思っています。

  • 働くことで自分のためになる
  • 働くことで他者のためになる

これです。

働くことの本当の意味と人生の本質

「働くことで自分のためになる」これはいわゆる自己実現や自己成長といったものです。人は働くことで社会性を獲得し、その社会が必要とする「まとも」な人間を作ります。

一方「働くことで他者のためになる」これは自分が労働として行ったことが結果的に誰かのためになり、自分以外の他者を喜ばしたり、他者の役に立つ循環ができているということです。しかしこれは先ほど言ったブルシット・ジョブを多く含みますし、無駄を作っては捨てる社会に加担することと大きな差はないようにも思います。

こうやって俯瞰すると労働の目的というのは、実は労働でなくても得られることが多いように感じてきます。あれ、労働って実はなくても良いんじゃ?こんな風に考える私がいます。

人は仕事をして働かなければいけないのか

そもそも仕事をしなければいけない、というのは産業革命以後の比較的新しい考え方のようです。そもそも人は服を着てご飯を食べて寝れていれば幸せですからね。

産業革命によって工場が増えて人の労働時間も増えました。人の仕事を代替するのが工場なのに労働も増えるって不思議ですね。そして私たちはいろんな物理的機械化、コンピューター制御、AIの世界に生きてますが、まだまだ労働時間は減りません。

うーん、おかしいですよね。

なぜこうなるのか。それはひとつは無駄を相変わらず作っているから。もうひとつは「働かなければいけない」という固定観念からだと私は思います。

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必見!簡単にできる生活コストの見直し術

ちなみに古代までさかのぼると、労働は卑俗なことで悪とみなされていた時代がありました。なぜなら働く=奴隷であり、働くものは人との交流を疎かにするからだということです。確かに労働ばかりしている人は人間的に魅力に欠けるように私は思います。

ぜひ読んで欲しい本

今となっては奴隷制度はありませんが、その仕事をロボットやAIが行ってくれるのであれば私たちは本来仕事をしなくて良いのではないでしょうか?

最後にヘンリーデイビッドソローの名言を置いておきます。

「生計を立てるために人生の大半を費やす者ほど、どうしようもない愚か者はいない。」

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記事の更新情報やエッセンスなどを日々更新中。



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久(Hisashi)

悩み解決のスペシャリスト。「生きること」に答えを探し求めて楽に生きるには、「幸せ」「働く」「お金」「生活」「メンタル」「習慣」この6つが重要だという結論に達しました。これらの知識を得てバランス良く使えば、「生きること」のだいたいの悩みは解消するのではと思っています。

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